東京国際映画祭 レヴュー その1
「3 Monkeys」(トルコ、フランス、イタリア合作)
この作品は、とにかく映像と視覚的演出が美しいです。
それもそのはず、監督のヌリ・ビルゲ・ジェイランは写真家としてもキャリアを積んできました。
今年のカンヌ映画祭で監督賞を受賞しています。
http://www.nuribilgeceylan.com/
話としては、偏見が過ぎるかもしれませんが、血で血を拭うアラブ的な復讐劇ではありません。過失(罪)、家庭、金銭、親子、夫婦、トラウマ、浮気など、極めてドメスティックな問題を巡るドラマです。
内容的にはシンプルで、ドラマの展開としても平凡なものですが、アラブの掟や、罪を負うものの運命の反復などがテーマに見出されるため、重く深い民族史の片鱗を感じ取ることができます。
脚本はあえてミニマルに抑えられている印象があります。かなり意識的に、「表象」としての映像に対して細かな気配りが作品を通して読み取ることができるため、監督に好感が持てます。
しかし、映像的には好き嫌いはあるでしょう。「粘着質」で評判のジェイラン監督の演出は、一見の価値ありだと思いますが、明らかに効果が設計されています。
例えば、全体的なカラースキームを緑と黄色を合わせたような、昼か夜かの判断を困難にさせるような色調に設定することで、半ばノスタルジックで皮膚感覚のある、どこかこの世とは思えない浮遊感に見舞われます。
さらに、シネマスコープを活かした暗闇の演出や暗雲渦巻く天候のめまぐるしい展開は、シャイクスピアの大作に見られる演劇性を思い起こさせます。
重いですが、美しく仕上がっている良作です。
「ジャミル」(デンマーク)
イスラム系移民としてデンマークで生まれたオマー・シャガウィー監督の初の長編作品。ロッテルダム映画祭など、いくつか重要な賞を受けています。
http://www.masalamajamil.com/uk/
この作品は、スカンジナビアにあるアラブ系コミュニティにおける、信仰心の相違、愛、家庭、親子、復讐、罪、友情といった、アラブ系バイオレンス映画の典型パターンとも言える要素が詰まっています。
復讐することで暴力の連鎖に終わりをもたらすこと、すなわち「仇討ち」の伝統を持つアラブの文化において、もちろん終わりが訪れることはありません。親を想い行なう復讐、親はそれが間違ったことであると述べる。行きどころのない自分とは裏腹に、コミュニティにおいて英雄潭として語られながら、次なる復讐の波は襲いかかる。そして自らの命のほかに、かけがえのない愛すべき者たちをも巻き込んでしまう・・・。ムスリムとしての使命、男としての使命、父親としての使命、身内を殺された者の使命、人間としての使命・・・この確執が終息するには、捨てざるを得ないものが存在します。しかし、それを捨てたとき、思っていたものではない何かが終息を迎えることもあるのです。
次。
映像的には、ハンドヘルドを限りなく多用しています。カラースキームは黄色。(映画Trafficに似ています)
この二つの組み合わせによってドキュメンタリー調の感覚を作り出すことが可能となり、それによって凄まじいリアリズムを演出しているわけです。
初の長編作品に挑んだシャガウィー監督ですが、映像技術はかなり高いと思います。予算はそこまで高くないのでしょうが、かなりハリウッド映画的なカット割りもあり、なかなか見せます。しかし、映像的な新鮮さ、または作家性という意味では、凡庸と言わざるを得ません。エンターテインメント的には「3 Monkeys」に勝っています。
「クスクス粒の秘密」(フランス、2007年)
邦題タイトルの「Couscous」は北アフリカ全般にわたる主食です。豆や麦、それから日本で言えば米にあたる穀物ですので、おかずと一緒に食べるのが主流となっています。
さて、タイトルがヒントを与えてくれているように、この作品はフランスの港町に住むチュニジア系移民のお話です。
監督のアブラデラティフ・ケシッシュ氏は、あまり知られていないでしょうが、前作『身をかわして』でセザール賞最優秀作品賞と監督賞を受賞している実力派です。
今回の作品はほとんどドキュドラマとでも呼べるような手法によって録られています。まったく飾ることがない、新たな視覚的試みを提示することのないリアリズムは、一つに、カメラの位置が登場人物たちの目線と同位置にあること、そして少し遠ざかりたくなるような「近距離」に置かれていることで演出されています。その「近い」カメラは、いわゆる団地住まいのチュニジア系移民の毎日の暮らし、家庭内の確執、雇用問題、コミュニティと、かぎりなく人の関心事の根底に向けられています。
このようなイスラム系の生活空間に根ざしたドキュドラマ的を想像すれば、やはりこれまで紹介した二つの作品のように、重く深い民族史のどの1ページを取っても同じものに当たるかのような、空虚感の漂うループに陥ってしまうのではないかと、不安が募ります。しかしこの作品のストーリーは「第二の人生」の模索にあるので、じつは冒険心をくすぐるエキサイティングな物語を展開しています。
60歳を過ぎて、リストラを食らった主人公スリマーヌの起業。船上「クスクス」レストランを開業すること。白人や政府機関に猜疑心を持つ移民たちにとって、これは極めて重大なチャレンジです。
家族内の激しい葛藤と、イスラム系コミュニティの厳しい現実の壁を越えて、二つに別れた家族の連携、友人たちのサポート、そして個人の強い意志と活動力によってチャレンジは乗り越えられます。
脚本が脚本を脱していくような、そんなリアリズムを感じさせる作品でした。